【まだ老人ではない】
私事ながら、今年還暦を迎え、35年間勤めた会社を定年後に再雇用として働いています。65歳からは前期高齢者とされ、年金の支給対象になります。しかし、老眼鏡が必要になった程度で、特に健康上の不自由はなく、歩く速さなら20代の人より速いくらいです。正直、自分が「高齢者」と呼ばれることには強い違和感があります。多くの方も同じように感じているのではないでしょうか。
【再雇用制度は人的資源の無駄使い】
新築の家は快適ですが、30年も経つと不具合が目立ちます。人も同様に60歳を過ぎれば多少の不調は生じます。しかし、人が家と決定的に違うのは、それまでに蓄積してきた専門性や経験知が、そう簡単には劣化しないという点です。実際、多くの60代は十分な競争力を保っています。
高齢になっても、個人の強みを活かせる分野で活躍してもらうことは、個人にとっても社会にとっても幸福につながります。国力が低下しつつある日本には、60歳を過ぎた人を「弱者」として扱い、扶助される側に押し込める余裕はないはずです。この意味で、現在の再雇用制度は貴重な人的資源を十分に活かせていないように思います。
【日本の社会システムの課題】
こうした矛盾が生じる背景には、社会制度の前提が古いままだからです。私が生まれた1965年の男性平均寿命は68歳でしたが、2024年には81歳へと13年も伸びています。還暦からの残り時間は、1965年では約8年、2024年では21年です。これほど長い年月を「引退者」として過ごすことには、正直、抵抗を感じます。
国はこの変化に応じて、年金の支給開始年齢を60歳から65歳に引き上げ、その代わりに企業へ65歳までの雇用義務を課しました。企業が受け入れやすいように設計されているため、再雇用は低賃金でも認められています。
この制度には、(1)被雇用者の生活保障、(2)企業の新陳代謝、(3)年金制度の維持、といった利点があります。しかし、まだ第一線で活躍できる人にまで一律で適用すると、(1)生き甲斐や適正報酬の喪失、(2)企業の技術・ノウハウ流出、(3)社会全体の生産性低下や技術流出、といった弊害が強まります。
気力・体力・専門性のある60代(シニア高度専門人材)をどう活かすか──これは日本が豊かさを維持するための重要な課題です。
【AI時代にはシニア高度専門人材の経験知が重要】
ChatGPTをはじめとするAIの進展により、医師・弁護士・弁理士・会計士など、言語化された論理体系を駆使して排他性を保ってきた高度専門職は、存在意義の再考を迫られています。症例、判例、明細書などを学習し尽くしたAIが、専門家と同等の判断を示す日は遠くありません。
そうした時代に重要なのは、AIを使いこなしたうえで、言語化されていない経験知や、身体性を伴うリアルな経験を組み合わせ、未知の事象に対応できる能力です。特定の分野で深い経験を積んできたシニア高度専門職の存在は、AI時代において新たな価値ある事業・サービスを生み出すために、むしろ不可欠だと考えます。
【再雇用で同じ会社に残ることは必ずしも幸せではない】
シニア高度専門職は、技術・研究開発・知財・人事・管理・財務・国際渉外など、多様な分野に存在します。しかし多くの企業では60歳を境に、彼らに第一線での活躍を求めず、後進育成の役割を期待するようになります。
これは恩返しとして重要な役割ではありますが、専門職としての不完全燃焼につながり、さらに再雇用による賃金低下も重なって、(1)モチベーションの低下、(2)役割や居場所の喪失、(3)組織へのエンゲージメント低下、といった悪循環を招きます。
定年延長や再雇用者に重要な仕事を任せる動きもありますが、30年以上同じ会社に勤め、さらに再雇用で働き続けることが、本当に最善の姿でしょうか。むしろ、専門性を磨き上げた定年の瞬間こそ、会社を離れ、自立するのが高度専門人材にとって望ましいキャリアのように思います。
【60歳は二度目の青春の始まり】
入社当時は横一線だった同期も、30年も経つと歩んだ道はさまざまです。その中で専門性を磨けた人は、社会的にも経済的にも成功したと言ってよいでしょう。多くは定年時点で持ち家があり、子育ての目途も立ち、65歳からの年金で質素ながら安定した暮らしが見込めます。
20代・30代には、家族を守りたい、社会から脱落したくないという恐れから、夢や挑戦を諦めた人も少なくありません。しかし定年時には、老後の安心さえ確保できれば、むしろリスクを取れる状態になります。60歳は「第二の青春」の始まりなのです。
【社会に役立っている実感が重要】
最低限の経済力と健康を確保したシニア高度専門人材にとって、賃金の魅力は若い頃ほど大きくありません。社会経験を重ねる中で、金銭で得られる満足度は相対的に下がります。
一方、自分の働きが誰かに役立ち、自然な感謝の言葉をもらえることには、深い喜びがあります。自分の存在意義を感じ、社会に受け入れられた安心感が得られるからです。
したがって、シニア高度専門職にとって本当に重要なのは、「報酬」ではなく「社会に役立っている実感」なのだと思います。
【シニア高度専門人材は地域貢献を目指す】
シニア高度専門人材の多くは、国内外を相手に活躍してきました。しかし会社を離れ一個人になると、対象範囲を広げることが必ずしも得策とは限りません。ネットの世界は国境がない一方で巨大すぎ、埋没するリスクがあります。高齢になるほど移動の負担も増えるため、地元地域での活動が、ちょうど良いスケールだと感じます。
東京にはあらゆる専門家がいますが、地方では必ずしも十分ではありません。専門人材を常時抱えるにはコストが高く、市場規模が小さいため維持が困難です。しかし、シニア高度専門人材は高報酬を求めず「やりがい」を重視するため、マッチングの余地は大きいと言えます。
たとえば、シニア高度専門人材を複数企業でシェアする形態が実現すれば、無理のない形で地域産業の高度化に貢献できるでしょう。今後、この仕組みを模索していくことが課題だと思います。
【地域企業が感じる、シニア専門職の魅力】
私の暮らす栃木県には、自動車、光学、医療機器、食品、化学など多様な企業が集まっています。これらの企業では、国際水準の知識・スキルを持つ技術者・研究者・文系専門職が多く働いており、定年後には再雇用を経て引退していきます。
地域企業から見れば、こうしたシニア高度専門人材には次のような魅力があります。
1)第一線の知識・スキルを即戦力として活かせる
2)若手の育成に大きく貢献し、意識改革も期待できる
3)異なる企業文化の視点を取り入れ、企業の立ち位置を明確化できる
4)異質な技術や視点を取り込むことで、不連続なイノベーションが起こり得る
一方で、以下の不安もあります。
1)60歳超の採用は健康リスクが高い
2)専門性がどう役に立つかイメージしづらい
3)採用後に期待外れでも解雇が難しい
こうした不安を解消する手段のひとつは、シニアが個人事業主または法人として独立し、企業と業務契約(業務委託契約、顧問契約、研究指導契約、等)を結ぶ形態です。この方法なら、複数企業に提供することで一社あたりの報酬を低く抑えられ、企業側も試しやすくなります。
【シニアこそ、低リスクで起業に挑戦できる】
大企業で守られてキャリアを積んだシニアにとって独立は勇気が要ります。しかし昨今は転職市場の活性化、AIやネットによる情報入手性の向上、国や自治体の起業支援の充実により、独立へのハードルは大きく下がっています。
子育てが終わり、親の介護の見通しが立ち、生活基盤が整ったシニアこそ、実はもっとも低リスクで起業に挑戦できる世代なのです。
【シニア高度専門人材のネットワーク構築の必要性】
専門性が高くなるほど守備範囲は狭くなるため、シニアが独立後に顧客を獲得する際の弱点となります。この弱点を補う有力な手段が、シニア高度専門人材同士のネットワーク構築です。
自分の得意分野で顧客に貢献しつつ、不得意分野を仲間に託すことができれば、シニア本人にも顧客企業にも大きなメリットがあります。こうしたネットワークが実現すれば、シニアも企業も、そして社会全体も、より豊かになれるはずです。
もしこの考えに共感し、参加いただける方がいらっしゃれば、ぜひご連絡ください。